カテゴリー「稲垣潤一」の記事

男と女。

「企画賞」受賞おめでとうございます。
期待して観てましたが出演ナシ。んん残念。

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なうゴダイゴ、カッケー!

寺尾さんもステキだー


しかしながら懐メロ映像観て喜んでる自分って痛い。

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語らないヒト。

機を見るに敏で、不言実行タイプが永遠の理想型。。。
こんばんは、桜の季節にまたひとつ歳を重ねたsadプリンです。

著名人である以上、イメージが先行するのが当たり前なんですが…
ヴォーカリスト「稲垣潤一」は、そんな理想に近い人物だったりします。

『稲垣潤一 10歳年下の一般人女性と再婚』
http://hochi.yomiuri.co.jp/osaka/gossip/entertainment/news/20090417-OHO1T00072.htm

芸能ニュースでプライベートが取り上げられて、
一番驚いているのは「稲垣潤一」ご本人かもしれない、、、とぼんやり思う。

「愛はクロスオーバー」以来、22年振りに映画出演される稲垣潤一氏。
その会見の席で、前妻との死別、再婚が発覚したそうですが、
ご自身は発表するつもりで公言したんでしょーか?

アタクシ素朴な疑問を抱えてしまいました。

ワタシの中での「稲垣潤一」は、
プライベートを語らないアーティストだったはず、、、なのに。

昨年あたりからメディア露出が増え、
ファンとしては素直に嬉しかったんですよ。

ところが、音楽番組ばかりかトーク番組にも積極的に出演し、
過去の体験を面白可笑しくカミングアウトする姿を観て、

「ヴォーカリスト稲垣よ、何処へ行く?」

そんな"やぶ蛇"な想いを抱くようになって。。。

ルーツを語ってくれるのは嬉しいけど、
下手すれば言い訳になってしまう気がして勝手にハラハラ。


プライベートは語らなくていい…歌ってくださいオリジナル。


そんな乱暴な想いを胸に秘め、過去の遺産をリピート再生する
しがないファンのワタクシでしたが、、、

この度、思いがけない衝撃の事実を知り、
「心境の変化は環境の変化」だったのかもしれないと考えを改めました。
最近のメディア露出を観ても、その変化は感じられたはず。

終生の伴侶を得たことで、
公私ともに充実した日々を過ごされているに違いない。

ヴォーカリスト「稲垣潤一」。
彼の寡黙で素朴な人柄、クリスタルな歌声に惹かれた26年。

多分これからも、
その印象は変わること無く続いていくんだろうなぁ。。。

♪Congratulations

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「とんぼちゃん」×「稲垣潤一」

昨年11月に発売されたデュエットアルバム
男と女 -TWO HEARTS TWO VOICES-」が好調の稲垣潤一氏。

最近はメディア露出が多くて追いかけきれず、
先日も遊び呆けてトーク番組を見逃し、残念な思いをしたばかりでした。

が、もう動画がアップされててビックリ。アップしてくれた方に深く感謝!

さて、昔からアーティストの楽曲提供は珍しいことじゃないけど、
原曲があることを知らずに聴いてたなんてことがしばしばあります。

そんなある日のこと。
音楽に精通するご夫妻からの情報で、
稲垣氏の初期の曲「月曜日にはバラを」に原曲があることが発覚!
二十数年の時を経て、初めて知った事実に感動です。

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元は「スクリーン」という曲で、
主に70年代に活躍された「とんぼちゃん」という
二人組フォークグループの曲なんだそう。
どうやら歌詞が違うらしく、楽曲だけ提供されたようです。

Wikiによると、72年に伊藤豊昇氏と市川善光氏で結成、
お二人のニックネームを組み合わせてグループ名とし、
後に「とんぼ」に改名、残念ながら82年に解散されてました。

稲垣氏の歌詞カードを確認すると、
「月曜日にはバラを」は、さがらよしあき氏の作詞で編曲は井上鑑氏。
作曲は伊藤豊昇氏の名がクレジットされてました。

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原曲「スクリーン」の歌詞は、
昔の映画を観ていて、ふと十代の頃の叶わなかった恋を想い出し、
幼さ故に失った彼女に、自分の成長と一握りの後悔を綴った切ない内容。
なんとも胸に響く歌詞です。
教えてくれたご夫妻の奥様が、
思い入れ深い曲と話してた意味が解る気がします。

試しにYouTubeで検索したら、ありましたよ「スクリーン」が!
先日アップされたばかりだったようで、タイムリーだったです。

アップされた方も「月曜日にはバラを」についてコメントされてました。
携帯から閲覧されてる皆さん、観られなくてごめんなさい。

「スクリーン」とんぼちゃん

♪『いつも男の子は女の子の左手を握るものよ…
あの頃の君の口癖 僕はだまって右手出したものさ…』

♪『過ぎ行く時を見つめて 僕も少しは大人になったよ
もしも今君に逢っても 何も気付かず通り過ぎるくらい…』

詩の世界に入り込んで、涙が止まらなくなりました。
純真で切ないよ…こんな恋愛してみたかったなぁ。

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80年代「シティ・ポップス」

「稲垣」といえば…

SMAPの稲垣吾郎さんを思い浮かべるのが一般的でしょうか?

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80年代に中学・高校時代を送ったワタシとしては、
"稲垣”といえば「稲垣潤一」なのであります。

いつだったか吾郎ちゃん不在の時に、
稲垣潤一氏が「SMAP×SMAP」にご出演されたんですが、

SMAPメンバーに混じって、
「稲垣です。」と言った一言がどうにも忘れられません。

80年代は都会的ムード漂う曲が目立った時代でした。

今じゃほとんど使われなくなりましたが、
「シティ・ポップス」という言葉が誕生したのもこの頃です。


当時この路線で活躍されたアーティストは、
安部恭弘、稲垣潤一、松任谷由実、EPO、大滝詠一、角松敏生、
杉真理、山本達彦、竹内まりや、山下達郎さんなどが例に挙げられますが、

そもそも「シティ・ポップス」にカテゴライズされるアーティストも
人それぞれで曖昧なのだとか。

ワタシとしては、
寺尾聰、池田聡、鈴木雅之、玉置浩二、
杉山清貴、徳永英明さんらを追加したいところです。


その中でも歌声が大好きだった稲垣潤一さん。
彼のクリスタルヴォイスと都会的な曲の組み合わせは絶妙でした。

だけども歌ってるご本人は、見た目はいたって素朴。

イニシャルの「J.I」を愛称とされてても、
ワタシ的には若干の抵抗があり未だに恥ずかしくて口にできません。

デビュー当時からずっと聴き続けてる唯一のヴォーカリスト「稲垣潤一」。

ワタシの中では殿堂入りのアーティストなのでございます。


★おすすめコンテンツ GYAO「昭和TV」
ジョー山中、ROLLYがゲスト参加、
Charと石田長生による「BAHOスペシャルライヴ」や
RCサクセション、アン・ルイス、スターダスト・レヴューなど
昭和を駆け抜けたアーティスト達のライヴ模様が観られます。
稲垣潤一1984武道館ライヴの模様も配信中〜。

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Rainy Voice「稲垣潤一」

「稲垣潤一」の声を初めて耳にしたのはテレビCMだった。

透明で力強いハイトーンボイス、
独特な歌い回しはワタシの耳に強烈なインパクトを残した。

その後、偶然にもテレビの音楽番組で
忘れられないあの声の主を目にすることになる。


ドラムをプレイしながら歌う寂しげな表情の男性…


それが「稲垣潤一」だった。


幼かったワタシは、彼の姿に釘付けになった。
ドラムを叩いて同時に歌うなんて、
サーカスみたいで衝撃的だった。

広い音域、どこまでも伸びる声が、
お腹の奥底で”こだま”した。


心臓がドキドキした。


歌っていた曲は「ドラマティック・レイン」。
デビューからすでに3枚目のシングルだった。

1982年。
地元仙台から上京した「稲垣潤一」は
「雨のリグレット」でデビューする。
この時すでに28歳。
周囲からは遅いデビューだと言われていた。
ところが、わずか一年未満で
「ドラマティックレイン」の大ヒットでブレイク。
世間にその名が知られることになる。

彼の声に魅了されて以来25年間、
自分が歩んできた人生のどの場面にも
稲垣さんの曲が流れている。


Rainy Voice「稲垣潤一」。

いまだに聴き続けている唯一のアーティストであり、
これからもずっと、聞き続けていきたい。

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